Summer Love

Summer Love

夏の恋──熱と憧れのことば
Sailboats (c. 1919), César Herrer

炎天の遠き帆や我が心の帆 

──山口誓子

 この一句を入り口に、このLanguage Guideでは、

  • 夏・恋・感情をめぐる語彙とコロケーション
  • 作品を深く読むための5つのGrammar Points
  • 音声とアクティビティで学ぶStudy Portal
  • 京都と長野の風景、20世紀初頭のアートから現代ロサンゼルスの作品、そして音楽へとつながる、小さな知の旅

そうした出会いをたどりながら、一つの俳句から広がる「夏・恋・運命」の世界を、英語でゆっくり味わっていきます。


炎天の遠き帆や我が心の帆

──山口誓子

下記の英文を日本語で読む

これは恋の一句なのでしょうか。それとも、ただ届かないものへの切ない憧れなのでしょうか。

まず心をつかまれるのは、「炎天」という二文字です。照りつける夏の太陽。その熱気が、一気に立ち上がってきます。けれど、もう一度読み返してみると、そこには若さゆえの大げさな感情だけでなく、何かを失ったあとの痛みも感じられます。

この句が詠まれたのは、第二次世界大戦後のことでした。かつてあった世界はすでに遠くなり、「我が心の帆」もまた、手の届かない場所へ流されていく。そんなふうに読むこともできます。

とはいえ、この句は一つの意味だけに閉じられてはいません。時代背景を知らずに読めば、国家や失われたアイデンティティの物語というより、七夕のような、夏の切ない恋の句にも見えてきます。失われた国や過去よりも、若い日の恋。運命に傷つけられた人生よりも、暑さのなかで揺れる心。そのどちらにも読めるのです。

私がこの句を好きなのは、まさにこの重なりがあるからです。

難しく考えずに読めば、まず浮かんでくるのは、厳しい暑さと、乾いた夏の風景です。燃えるような太陽の下に、一艘の帆が見える。そう考えると、季節はまぎれもなく夏です。そしてなぜか、私の頭に浮かぶのは海ではなく、太陽に照りつけられた街の景色です。たとえば、京都の、容赦ない八月のような。

Here, a dear statement of love, or is it more just that wistful longing? A quick look brings me first to the heat, the sun glaring down, 炎天. On another look, I can read the overdone emotions of youth, yes! But also the agony of defeat. This haiku itself was crafted in the wake of World War 2. A world once known now gone as the sail of one's heart -- 我が心の帆. Yet, the structure left ambiguous enough that a reader not knowing the time or place could easily be forgiven for construing the emotions here as more "Tanabata" than nationalism. More youthful "summertime love" than lost identity. More "emotions swayed by heat" than life marred by fate.

In fact, this layering fosters my affection for the poem. Without thinking, one is first confronted with the heat and austere summer landscapes. Consider the sail, 帆, in a blazing sun, 炎天, placing us squarely in the season. Somehow, then, my mind conjures more thoughts of a sun-scorched cityscape than anything else. Take the punishing Augusts of Kyoto.